安全配慮義務とは?産業医面談だけでは会社が守られない理由と、事前に決めておくべきこと
私は産業医なので、面談をするのが仕事です。その私が言うのも変な話なのですが——面談をしただけでは、会社は守られません。それどころか、面談をしたことで、会社の責任がむしろ重くなることさえあります。
安全配慮義務を果たしていなかった、とされたとき何が起きるか。過労自殺をめぐる電通事件では、最高裁判決後の差戻審(東京高裁)で、会社が遺族に約1億6800万円を支払う内容の和解が成立しています。
では、何をしていれば守られるのか。業務を減らす。産業医に相談する。診断書をもらう。実は、全部やっても足りないことがあります。何が足りないのか、この記事で順番に見ていきます。
先に結論だけお伝えします。安全配慮義務は、社員が健康でいることを保証する義務ではありません。危険を予測して、それを避けるために、できる手を尽くす義務です。ただし、心の健康の場面では「結果」で判断されやすい。だから一番大事なのは、事前の準備と、ルールの設計です。
この記事でわかること
- 安全配慮義務の中身(予見可能性と結果回避義務)
- 産業医面談「だけ」では足りない2つの理由
- 人事が事前に決めておくべきルールと、記録の残し方
安全配慮義務とは——法律には「必要な配慮」としか書かれていない
安全配慮義務。安全に、配慮する、義務。この言葉、それ自体がぼやっとしています。そういう名前の大きな義務が、どこかに1個ある、というものではないんですね。
法律を見ても同じです。労働契約法の第5条には、こう書かれています。
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。(労働契約法第5条)
「必要な配慮」としか書いていない。中身は、裁判所が1件ずつ埋めてきました。では、その中身は何か。突き詰めると、こうなります。
予測できたのに、何もしなかったか。
これだけです。難しい言葉で言うと、前半が予見可能性、後半が結果回避義務です。厳密には、実際に損害が出たことや、それが原因だと言えること(因果関係)も必要ですが、この記事では中心にあるこの2つに絞ります。
「予測できた」とされるのは、どんなときか
まず、予測できたか。健康を害する危険が、そこにあると分かる状態だったか、ということです。何があれば「予測できた」ことになるのか。特別なものではありません。
- 遅刻が増えた
- 急な欠勤が増えた
- 残業が続いている
- 仕事の質が落ちてきた
- なんとなく元気がない・痩せた
- 上司から相談があった
これです。「最近あの人、元気がなさそうだけど大丈夫かな。まあいいか」——この「まあいいか」が、あとから一番効いてきます。
つまり、産業医に見せないと分からない話ではないんですね。安全配慮義務の入口は、日常の労務管理にあります。勤怠データを見られるのは、産業医ではなく人事です。
基準は、本人がどう感じたかではない
もう1つ、大事なことがあります。予測できたかどうかの基準は、本人がどう感じたかではありません。同じ立場のふつうの人なら、それをどう受け止めるか、で見ます。
同じ出来事でも、ストレスの強さと、その人の受けとめやすさの組み合わせで、影響は変わります。だから、100人いて99人には何も起きないような負荷で不調になったとして、それを会社のせいだと言われても、認められません。予測しようがなかったからです。
裏を返すと、必要な指導まで怖がらなくていい、ということです。厚生労働省の指針にも、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントに該当しないと明記されています。線引きは「相手が傷ついたかどうか」ではなく、「業務上必要かつ相当な範囲かどうか」です。指導をためらっている管理職の方がいたら、この線を伝えてあげてください。
結果を約束する義務ではなく、手を尽くす義務
次に、何をしたか。予測できた危険を避けるために、合理的にできる手を打ったか。これが結果回避義務です。ここが今日いちばん誤解されているところなのですが、これは、結果を保証する義務ではありません。
世の中の義務には、2種類あります。1つは、結果を出して初めて果たしたことになるもの。引っ越し業者を思い浮かべてください。荷物を届けること自体が仕事です。「一生懸命やりましたが届きませんでした」は通りません。これを結果債務と言います。
もう1つは、最善を尽くすこと自体が義務になっているもの。私たち医師がこれです。「病気を必ず治します」とは約束していません。最善を尽くします、とお約束しているだけです。弁護士も同じで、勝つことは約束していませんよね。こちらを手段債務と言います。
安全配慮義務は、後者です。手段債務。結果を約束する義務ではなく、手を尽くす義務です。
それでも「面談だけ」では足りない、2つの理由
では、手を尽くすとは、具体的に何をすることか。ここで冒頭の話に戻ります。産業医面談をきちんと受けさせていた会社は、どうなのか。足りません。理由は2つあります。
1つ目。面談は、原因に手を打ったことにならない。たとえば長時間労働に対する安全配慮義務の中身は、労働時間を減らすことです。面談は、その人の状態を確かめる手段であって、原因への措置ではありません。
2つ目。面談をすると、会社は「知った」ことになる。これはあまり言われないことですが、面談をすると、予見可能性はむしろ上がります。面談の場で、本人は何かしら言っている可能性が高いからです。眠れていない。しんどい。家に帰れていない。それを聞いた時点で、会社は知ったことになります。知ってしまった以上、その後に何をしたかを、必ず問われます。
これは「産業医に聞けばいい」という話でも同じです。産業医が就業可と言ったから、というだけで、会社の義務が消えるわけではありません。
大事なのは、そのあとです。業務の軽減。残業の制限。休業。配置の変更。受診をすすめる。把握した危険に対して、実際に措置をしたかどうか。ここが本体です。
心の不調は「結果」から振り返って判断される
ケガなら、危険がその場に、目に見える形であります。回転する刃にカバーがなかった。予測できたかどうかも、避ける手も、はっきりしています。心の不調は、そうはいきません。外から見えない。本人が「大丈夫です」と言うこともあります。
だから裁判では、まず「うつ病になった」という結果から出発します。そこから過去にさかのぼって、勤怠のデータ、メールの送信時刻、上司とのやりとり、面談の記録を掘り起こして、「ここで気づけたはずだ」という点を探していきます。電通事件の最高裁判決(平成12年3月24日)では、会社は業務を定めて管理するにあたり、疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う、と示されました。
手を尽くす義務のはずのものが、起きたあとには、結果を約束していたかのように見られてしまう。なぜ苦しいのかというと、後から振り返れば「もっとできたはずのこと」はいくらでも見つかるからです。いわゆる、あと知恵です。これは止められません。
だから、「精一杯やりました」では守れないんですね。守れるのは、なぜそう決めたのか、を示せることだけです。そして、その答えは、何か起きてからでは作れません。事前に決めておくしかない。
だから、事前のルール設計です
面談は、危険を見つけるための手段です。見つけたあとに何をするかが決まっていなければ、見つけただけで終わってしまう。だから、面談だけでは解決しないんです。では、何を決めておくのか。難しいことではありません。
- 時間外労働が月何時間を超えたら、誰が声をかけるのか
- 本人が面談を断ったとき、何日後にもう一度確認するのか
- 上司から相談があったら、誰につなぐのか
この程度のことです。決まっていないから、そのつど、誰かのその場の判断になってしまう。それだけなんですね。
そして、決めておくというのは、誰に対しても同じルールで、ということです。人によって対応が違うと、「なぜこの人だけ」に答えられません。もちろん、状態が違えば措置が違うのは当然です。変えてはいけないのは、判断の基準のほうです。
記録の強さは「そのあと何をしたか」で決まる
最後に、決めたとおりにやった、という事実を記録に残します。結果は保証できませんが、これは保証できます。記録は、後から掘り起こされます。掘り起こされたときに、説明できる形になっているかどうか。3つ、型を挙げます。
- もったいない型:上司が実際には業務を減らしていたのに、口頭だけで、どこにも残っていない。やったのに、やっていないことになります。
- 危ない型:「本人が大丈夫と言ったので様子を見た」で終わっている記録です。本人が大丈夫と言っただけでは、足りません。危険を予測できていた以上、避ける努力は必要です。
- 強い型:断られたあと、会社が何をしたかまで残っているものです。期間を区切って、もう一度声をかけた。上司に業務量を確認した。面談を設定した。
今日できる、小さな確認
ここ半年で、「この人の働き方は少し心配だな」と感じた場面を1つ思い出してください。それを、いつ・誰が・何を把握して・何をしたか、の順で、3行だけ書いてみてください。そして、その3行の最後が「様子を見た」で終わっていないか、確かめてみてください。
もう1つ。「時間外が月何時間を超えたら、誰が声をかけるか」——この質問に、いま即答できるでしょうか。即答できなければ、それが最初に決めることです。
よくあるご質問
Q. 産業医面談を受けさせていれば、安全配慮義務は果たしたことになりますか?
A. なりません。面談は従業員の状態を確かめる手段であって、危険への措置そのものではありません。むしろ面談で不調を把握した時点で会社は「知った」ことになり、その後に業務の軽減や配置の変更などの措置をしたかどうかが問われます。
Q. 面談も意見書も済んでいます。会社は次に何をすればいいですか?
A. 意見書は、会社が判断するための材料です。意見書の内容と、勤怠などの実際の状況を突き合わせて、業務の軽減・残業の制限・配置の変更といった措置を会社として決め、実行し、その経過を記録に残してください。判断に迷う場合は、意見書を書いた産業医に「会社として次に何をすべきか」まで確認して構いません。
Q. 本人が面談や受診を断った場合は、どうすればいいですか?
A. 断られた事実と、その後に会社が何をしたかを記録に残してください。期間を区切ってもう一度声をかける、上司に業務量を確認する、面談を再設定する、といった対応まで残っている記録が、いざというときに会社を守ります。あらかじめ「断られたら何日後に再確認するか」をルール化しておくのが確実です。
Q. 安全配慮義務に違反すると、どうなりますか?
A. 民事上の損害賠償責任を問われることがあります。過労自殺をめぐる電通事件では、最高裁判決後の差戻審で、会社が約1億6800万円を支払う内容の和解が成立しました。金額だけでなく、訴訟対応の負担や採用・信用への影響も小さくありません。
Q. 記録はどこまで残せば十分ですか?
A. 「いつ・誰が・何を把握して・何をしたか」まで残っているのが目安です。「本人が大丈夫と言ったので様子を見た」で終わる記録では足りません。記録の強さは、把握したあとに会社が何をしたか、で決まります。
安全配慮に、「これをやれば絶対大丈夫」という正解はありません。医学だけでも、労務だけでも、本人の話だけでも決まらない。複数の情報を集め、矛盾があれば確認し、判断の精度を上げ続けるしかありません。その営みを支えるのが、事前のルールと記録です。
Tigroでは、産業医面談を「ゴール」ではなく「手段」と位置づけ、目の前のケースの整理から、同じことを繰り返さないためのルールづくり・記録の運用まで、一緒に設計しています。産業医をお探しの方も、いまの対応に不安がある方も、状況の整理からで結構です。初回無料相談はこちら(オンライン・全国対応)。
この記事を書いた人:北村年由(産業医・精神科医/Tigro合同会社)。精神科医として、休職・復職対応やメンタル不調者対応を面談で終わらせず、制度設計まで伴走支援しています。プロフィールはこちら